始球式に立ったアイドルのボールがまさかの剛速球だった。短編小説『アイドルは魔術師』

 始球式が行われようとしている。
 マウンドには今をときめくアイドルが立っている。
 大勢の観客に手を振っている。彼女はその大きな声援に笑みで応える。
 打席にバッターが入った。
 バッターは来るゆるゆるのボールに備える。
 そう、誰もがゆるゆるのボールを想像している。
 キャッチャーにすら届かない、バウンドした投球を。
 アイドルがボールを投げる。
 投球フォームからしてもう悲惨とした言いようがないほどに惨憺たるものだった。
 が、
 

 剛速球だった。
 

 バッターはまさかの見送り。
 彼にはボールを視認することすらかなわなかったのだ。
 キャッチャーはボールをキャッチした途端に後方に吹っ飛ばされた。
 観客は唖然。
 球状内に水を打ったような静けさが訪れる。
 アイドルは「やりすぎた……」と内心で思うのだった。

       *

 始球式が終わり控え室に戻ると、いるはずのマネージャーや仲間たちがいなかった。
 代わりにいたのは、修道服に身を包んだ長身の男だった。
 年齢は四十代ぐらいだろうか。体付きはガッシリとしているが、雰囲気に滲み出でているただならぬ気配が、男に容貌を超えた経験値と加齢を与えている。
 わたしは彼を睨みつける。
「ここにいた子たちはどうしたの?」
 まさか殺してないでしょうね……。
「いいえ、ここから退場するよう仕向けただけです」
「そう、ならよかった」
「先ほどの魔術、素晴らしい完成度でした」
「……バレちゃったみたいね」
「魔力を抑えていたつもりでしょうが、あれだけ巧妙に抑えるにはそれはそれで高度な術式を必要とします」
「あなたっ、他人の魔術の術式が見えるの!?」
「えぇ、それが私の魔術ですから。もっとも、ただそれだけなのですがね」
「…………何者なの?」
「とっくにご存知なのでは?」
「本人の口から直接聞きたいわ」
「いいでしょう」
 男は慇懃な態度で応じる。
「魔術学会日本支部機密保持第107部隊所属、阿賀沢霧次(あがさわきりじ)」
「やっぱりね……」
 わたしはため息をついた。
 魔術は世界から秘匿されなければいけない能力だ。
 それをあんな大勢の前でこっそりとはいえ行使したんだ。魔術学会が黙っているわけがない。
 にしても……連中がまさかアイドルの始球式にまで監視の目を向けていたとは驚きだった。
「あなたたちって暇なの?」
「人数が多いから多くの場所をカバーできるのです」
「ふうん……で、どうするの? わたしをここで抹殺するつもり?」
 そんな簡単にはいかないと思うけど。
 わたしが腰を低くし戦闘態勢に移行すると、男は苦笑し手を横に振った。
「好戦的な人だ。私には戦うつもりなどないというのに」
「え、わたしを処罰するために来たんじゃないの?」
「通常ならば処罰の対象となりますが、あなたの場合は例外です」
「どういうこと……?」
「あなたが会得している魔術『オブテネール・ドライブ』、今や使い手は世界でもあなたを含め五人といないでしょう。ぜひとも我々魔術学会の一員として迎えたいのです」
「わたし、アイドル活動で忙しいんだけど」
「構いません。ただ我々に属していただければそれで結構です」
「でもねぇ……」
「それにあなたにとっても良いことかと。あなたほどの使い手ならば、魔術学会の保護を受けることも可能です」
「…………わかったわ」
 

 そうして、わたしは魔術学会に属することになった。
 

※あとがき
『素人の「えいっ」』という奇怪なお題で書いた即興小説に加筆修正を加えた奇怪な小説です。
……我ながらこりゃいったい何の話やねん?続くん?
と疑問符だらけです。
まあ即興小説で書いたものなんで続くかどうかなんぞ考えず書いたわけなんで……。
ちなみにこれのシリーズっぽい作品をまた即興小説で書いたんでそのうち載せます。
 

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