記憶の操作が可能になったが…。短編小説『記憶デザイナー』

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 誰しも忘れたいことのひとつやふたつはある。もちろん私もそうだ。
 というか、ひとつふたつじゃ済まない。
 だがテクノロジーは進歩したもので、そういった嫌な記憶を消すことが可能となった。なあに、脳に専用のヘッドギアを付けて、こちらで思い出を参照し、消して欲しい記憶を指示してくれればサクッとデリートできる。
 ただ、この技術には問題がある。
 記憶の穴埋めができないのだ。
 消した場所が空白となってしまう。
 空白のままでいいではないかと思われるだろうが、これがそうではない。
 例えばここにひとり大学生がいたとしよう。
 彼は中学でイジメられていて、それトラウマだったので、中学時代の記憶をまるっと消した。
 するとどうなるか。
 彼は小学校を卒業し、その後高校に入学することになってしまった。もちろん彼の記憶の中での話である。だが彼もこれがおかしいことにすぐ気付く。
 そんなわけがないと。
 この空白はなんだと。
 そこで記憶の矛盾が生じてしまう。
 その矛盾は脳に多大な負荷をかけ、最悪の場合、脳が破裂する事例まであるほどだ。
 この問題を解決する方法はただひとつ。
 代替の記憶を予め用意しておき、記憶を消去してできた空白に埋め込んでやればいいのだ。そうすれば死に至ることもない。
 この大学生の場合なら、中学では心穏やかに生活し、普通に高校に入学したとでも記憶を作っておけばいい。
 こういった記憶を作る人々のことを、『記憶デザイナー』と呼ぶ。
 私はその第一人者である。

       *

「それで、今日はどのような記憶を消したいと?」
 私は来院した患者に問いかける。
 患者は二十代後半と思しき女性である。
「消したい記憶はとくにないんですけど、今ある記憶をもっと良いのにしたいなって」
「は?」
 一瞬、患者が何を言っているのかわからなかったが、三秒ほどかけて私は彼女のセリフを理解した。
 これは、記憶の削除ではなく改変だ。
「初めてのケースですね」
「そうなんですか」
「えぇ」
「できないんですか?」
「技術的には可能です。ただ、前例がありません」
「じゃああたしが前例になりますよ」
 患者は軽い口調で言った。軽すぎる。
「いいのですか? 何か問題が生じるかもしれませんよ」
「良い記憶になるんだから、問題なんか起きないですよ。もっともっと自分に自身が持てるはずですって」
「そう仰るなら」

       *

 結論から言おう。
 彼女は矛盾によって脳破裂を引き起こし、亡くなった。
 その矛盾とは何か。
 彼女は死の直前までこう繰り返していた。
 
 
 
 

「あたしがこんなにスゴイわけがないし!」
 
 
 
 

 と。
 頭をかきむしり、絶叫していた。断末魔の叫びだった。
 つまりこういうことだ。
 彼女は自分が持つ本来の能力と記憶の中の偉業(ハーバード大学を主席で卒業など)の落差に疑問を抱き、矛盾を感じ、ついには制御しきれなくなり、脳の負荷が増大したというわけだ。
 矛盾を起こすのは何も記憶の空白ばかりではなかった。
「ふむ、失敗とはいえこの結果は後の記憶デザイナー業界の参考になる事例だろう」
 私は新しい事例に、ほくそ笑んだ。
 

※あとがき
『記憶のデザイナー』というお題を元にして書いた即興小説を、加筆修正した作品です。
今回はお題をほぼそのまま利用してお話にしてみました。
ちなみに今回の写真がなぜシャボン玉なのかというと、僕の記憶のイメージってシャボン玉なんですよね。パチパチ消えてはまた生まれて、みたいなところが。まあ、全部パチパチ消えてるわけじゃもちろんありませんけど(笑)
 

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