日常と日常の隙間に闇はある。短編小説『闇色に染まる時』

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最悪の日だ。
仕事では取引先の会社でクレームの嵐、帰社してみれば上司から仕事のミスを指摘され大目玉、さらには部下からまでも小さなミスを指摘され赤っ恥。
そして昼ごはんを食べに外に出たら雨に降られてしまった。
別に今に始まったことじゃないけれど、僕の人生は本当に暗い。いったいいつ頃から暗かったのかと自分の過去を反芻してみるが、学生時代から今に至るまでずっとこんな調子であったことに思い至り気が滅入った。
この曇天の空が、そのまま僕の人生みたいだ。
傘を持っていなかったので、僕は慌てて近くの商店の庇の下に避難した。商店は随分前につぶれてしまったのかシャッターが閉まっている。庇から水滴がポタポタと落ちて地面で爆ぜている。
ふと前方に視線をやると、雨に打たれている男がいた。
傘も差さずに、ただぼんやりとかかしのように屹立している。彼はなぜか喪服に身を包み、不吉な空気を周囲に漏れさせている。
何をしているのだろう。
怪訝に思い、僕は彼に声をかけた。

 

「こっちに来て雨宿りしたらいかがですか?」
彼は僕に背中を向けたままかぶり振る。
「私にはそちらに行く資格がありませんから」
「どういうことですか?」
僕が訊ねると、彼がこちらを向いた。
これまでの人生で見たことが無いほどに、冷ややかでがらんどうのような瞳をしていた。
「ちょっと、人をひとり殺してきまして」
まるで財布を落としてしまったような具合に彼は言った。その自然体な口調に僕は『あぁ、この男ならやりそうだな』と変に納得してしまった。
雨がやがて豪雨となる。昼間なのに、時間軸を夜に無理やり進めてしまったかのように暗かった。
男はそこで初めて表情らしい表情を浮かべた。
ニヤリ、と。
口角が奇妙に釣りあがっている。
「どうですか、あなたもこちらに来ませんか」
怖気が走ったと同時に、心の奥で瞳を輝かせている自分もいた。
この殺伐とした日常から解放されるのではないか、という期待が胸の内で膨らむ。
僕は一歩を踏み出す。
スーツのズボンがすぐにびしょ濡れになり、色を濃くする。
もう一歩進む。
その刹那、全身がびしょ濡れになりスーツの上下が闇色に染まった。髪が雨に浸かり、頬に滝が出来上がったかのように雨粒が流れ落ちる。
男が無言で僕の一挙手一投足を見守る。
暗い豪雨の中、僕は口角を吊り上げた。

 

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