他人の思い出は密の味。短編小説『夏の思い出収集家』

SPONSORED LINK

 俺はその男を行き止まりに追い込んだ。
 辺りは静まり返った住宅街。時刻は午前零時をすぎ、人家の明かりは消え、人の姿は皆無である。俺の視線の先にはスーツ姿の中年の男が行き止まりの壁を引っかいて悪あがきに全力を尽くしている。そうすれば壁がたちどころに開いてくれると信じて疑わないかのような、狂った様だった。
 男が接近する俺を見て短く悲鳴をあげる。
「ひぃ! 殺さないでくれっ!」
 なぜ男がここまで俺に怯えているのか。それは俺の瞳が赤く明滅しているからだ。それはつまり、俺が魔術師であることを示している。世間一般では、魔術師は魔術師でない者に対し容赦がないともっぱらの噂だ。
 まあ、その噂を否定するつもりはない。俺も容赦をする気は一かけらもない。けれど、
「殺すつもりはない」
 俺はそう口にして、魔術を行使する。
「メモリードレイン」
 男が紅く輝く光につつまれる。その光が俺へと延びてくる。
 男の記憶がどんどん俺に流れ込んでくる。
 だが彼の記憶はろくでもないものばかりだった。女にフラれた思い出や、どうにか結婚したが一年も経たずに妻に出て行かれてしまった記憶など。
 これでは彼女を満足させることはできない。
 俺はその記憶を体外に吐き出した。
 紅い光は無数の燐光となって霧散し、辺りはまた静寂と闇につつまれた。
 男は何が起きたのかわからず、輝きを失くした瞳できょろきょろとしていた。
 無理もない。記憶を失くしたんだからな。

 

「どうかしら、調子は」
 平板な声音でキリエが問うた。
 俺は力なくかぶりを振る。 
 屋敷に戻り、俺はキリエに中間報告をしている。なぜ収穫もないのに報告が必要なのかはわからないが、収穫がないという事実を知りたいのだと以前キリエに反論されたので、それ以来俺は粛々と成果ゼロの報告に勤しむことにしている。
「芳しくありません」
「それは困るわね。私のコレクションが増えないのは、とても寂しいことよ。私、寂しいのは嫌いよ。あなたもご存知でしょ?」
「はい、重々に」
 俺はキリエの前にひざまずいて低頭する。俺は雇われた身で、彼女は雇い主。絶対的な立場の差が、俺と彼女の視線の高さを決定付けている。
 キリエはこの広大な敷地の上に立つ、冗談みたいに大きな屋敷の主である。
 有体に言えば、金持ちだ。
「じゃあ急いで。今夜中に素敵な思い出のひとつは私に見せてちょうだい。もう我慢の限界よ」
 金持ちにふさわしい高慢な態度でキリエは命令を俺の頭に投下した。
「かしこまりました」

 

 その女に目をつけたのは、キリエに無為な中間報告をしてから一時間も経っていない頃だった。
 今夜中に、という条件をつけられて焦った俺はとにかく人気のない暗い住宅地を練り歩き、その女を見つけたのだ。
 年の頃は大学生ぐらい、二十歳程度だろうか。思い出は、若い者より年老いた者のほうが意外と多くの美しいものが蓄えられているのだが、贅沢は言っていられない。
 人気の無い場所にきた者なら誰だって構うものか。
「おい」
 俺が雑に声をかけると、女は振り向いた。
 そして瞳を大きく見開いた。
 俺の眼球が紅く光っていることに恐怖を覚えたのだろう。
 さっきの男はすぐに踵を返して逃げ出したが、この女は恐怖に身をすくませている。良い反応だ。手間がかからなくて都合が良い。
「メモリードレイン」

 

 俺が持ち帰った思い出に、キリエは恍惚とした表情を浮かべた。
 女から強奪し脳内に蓄積しておいた思い出を、俺は今キリエの脳に転送して上映させている。
 キリエは瞳をつむり「いいわぁ」と他人の思い出に浸っている。何がいいのだろうか。
「いい、凄くいいわ、この思い出。夏ってところがもう最高。砂浜で恋人と並んで腰を下ろし、水平線の彼方に沈む夕日を眺める。なんて美しい光景かしら」
 キリエがうっとりとした表情で語るのを、俺は冷めた目で眺めていた。俺には全くわからない趣味である。
 キリエは思い出収集家である。
 とりわけ彼女は夏の思い出が好みらしい。自身のことを『夏の思い出の収集家』と自称しているほどだ。いったい何がキリエを夏の思い出に駆り立てるのだろうか。夏に何かあったのか?
 夏だろうが冬だろうが、正直俺にはどうでもいいが。
 ただ、雇われて、しっかりとギャラがもらえればそれでいい。
 俺の力『メモリードレイン』という何の役にも立たない魔術が役に立てるのも、この手の気味の悪い趣味を持った金持ちだけだ。
「ふふふ、最高ね。もっともっと、たくさんの思い出を収集してきなさい。できれば、夏のね」
「かしこまりました」
 収集家の際限の無い収集癖に、俺は肩をすくめた。やれやれだ。
 まあ、食いぶちに困らなくて助かるが。

 

↓ランキングに参加中です。クリックして応援していただけると幸いです。
にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA