十年ぶりに母親に電話をかけたんだが……。短編小説『電話をかけたらまず名乗れ』

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「オレだよオレ」
 オレは十年ぶりに実家に電話をかけている。
 高校を卒業し大学に通うために上京。その後は東京で就職し、働きづめの毎日を送り、気がつけば二十八歳となっていた。時の流れのあまりの早さに愕然とする。
 実家に電話をかけたのはなぜだろう。
 自分でもよくわからん。
 ……すまん、嘘をついた。
 会社の同僚が最近、母親を亡くしたんで、それに影響を受けた。聞けるうちに母親の声を聞いておこうと思ったのだ。

       *

 電話に出たのは母だった。
『こんにちは』
 ……なんだろ。やけに他人行儀なんだが。
 いや、無理もないか。なにせ十年ぶりに電話をかけたんだし。
「久しぶり。最近元気?」
『元気です。そちらは?』
「お、おう……元気、かな」
 オレは首を傾げる。オレ、実は間違え電話とかしてないだろうな。母親と喋ってる感じというより、今日初めて会った人間と会話しているみたいだぞ。
 でもそんなはずはない。
 電話番号はスマホに登録してあるから間違えようがないし、何より声音が母のものだ。十年会わなくても、母の声を違えたりはしない。
『……今は、どこにいるんですか?」
 母が訊いてきた。心なしか声に堅さが帯びたような気がした。
「オレ? オレなら家にいるよ」
『そうですか。……その、住所を教えていただけます?』
「え、オレんちの住所、知らなかったっけ?」
 オレが住んでいるアパートは、上京したときのままだ。ここを選んだのはそもそも母である。駅から程近く、スーパーも歩いて五分以内にあり、日当たりも良好。治安の面でも問題ない。俺は女子かよ。
『え、えっと……住所を書いてある紙、なくしちゃって』
「あ、そうなん」
 まあ十年も経てば失せ物の一つや二つあるわな。俺もここ十年で毛髪が……涙無しでは語れないので割愛する。
 オレは母親に住所を告げ、電話を切った。
 そのときはまだ、あんなことになるだなんて思いもしなかった。

       *

 インターホンが鳴ったので出てみると、見知らぬ二人組みのオッサンが立っていた。
 ふたりともスーツ姿で、片方のオッサンがなにやら黒い手帳を出している。って警察手帳じゃねえかよ。
「警察の者です。なぜ我々がここに来たのか、わかりますね?」
「…………」
 わからねーよ。
 オレは混乱も手伝ってかわけもわからぬまま任意同行に応じ、警察車両で警察署へと運ばれた。

       *

「ごめん! ケンちゃん、本当にゴメン!」
 母親が物凄い勢いで頭を下げている。
「……オレの声、忘れちまったのか?」
「タハハハ」
 母は笑った。いやそこは否定しろよ。
 事の真相はこうだ。
 母は最近、振り込め詐欺にあったのだという。しかももはや使い古されて絶滅したと思われているオレオレ詐欺で。
 そんなわけで母は「オレだよ、オレ」というオレの電話を警戒し、住所を聞きだした末、警察に連絡したのだという。
 母にとってはある種のトラウマになってしまったのだろう。
 にしても、オレは母の声をちゃんと覚えてたっつうのにな……。ていうか、母が他人行儀であることをもう少し考えてみれば……いや、考えてもわからねえか。
 オレは誓った。
 次に実家に電話をするときはちゃんと「オレだよ、オレ。ケン」と自分の名前を告げようと。
 

※あとがき
『オレだよオレ、わずらい』というお題を元にして書いた短編小説を加筆修正した作品です。
最初は「オレだよオレ」だけだった振り込め詐欺も、今は何やらバリエーションが豊富になっているようですな。皆さん、気をつけてくださいね。まあ、僕にそんな電話がかかってくることは有り得ないんですけど。
 

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