姉が僕の宝物を……。短編小説『薄い本ハンター』

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 僕は部屋の中から聞こえる不穏な音で目を覚ました。壁にかかっている時計を見ると、針は午前六時ちょっと前を指し示していた。なんなんだこんな時間に。
 ガサゴソ。
 何の音だろう。ベッドの下から聞こえてくるのだけれど。

 起き上がり、ベッドの下を覗き込んでみる。
 果たして、ベッドの下には留学しているはずの姉がいた。
「おいこら」
「むむっ」
 姉はベッドの下から顔を出し、にへらーとした笑みを浮かべた。いや笑えないから。
「起きちゃったかー」
 悪びれずに言う姉。
「起きちゃったかー、じゃねえよっ。何やってんだよ。ていうか留学してんじゃねえのかよオメーは!」
「いやぁ、ちょっと日本のご飯の味が恋しくなって帰ってきたんだよね、昨日」
「いつも急なんだよオメーは!」
「でもってあちこちで食って飲んで騒いでるうちにお金がなくなちゃってさー」
「無計画すぎなんだよいつも!」
「そんでもって、弟の弱みを握るべく桃色な書籍を採掘していたというわけさ」
「最悪の手段に落ち着いたな!」
 要は、この阿呆は桃色書籍を見つけ俺を強請ろうとしたわけだ。
「でもベッドの下には何もなかったなぁ。おっかしーな、男どもはみんなベッドの下に自分のコレクションを隠すはずなのに」
 姉は不機嫌そうだった。
 ふっ、阿呆め。僕がそんなわかりやすい場所に隠すと思ったか!

「ちっ、じゃあこれだけで揺さぶってみるかー」
 これだけ、だと……?
 嫌な予感がする。
 姉は不敵な笑みを浮かべ、ジーンズの尻のポケットに突っ込んでいたらしい薄い本を取り出した。丸まってメガホンみたいな形になっていた。
 それは僕一番のお気に入りの薄い本だった。いっそ宝具と読んでも差し支えない。イベントで人気サークルの長蛇の列に並んだ末やっとゲットした宝物。
 そんな至高の芸術品を丸めて尻ポケットに突っ込むとは、なんということを……じゃなくてだな!
「なんでそいつの在り処がわかったんだよ!」
 その薄い本は本棚に隠していた。
 ただの本棚ではない。
 二重構造になっている本棚である。
 一見すると普通の本棚だが、実は扉のように引いて開けられるようになって、開いた先には第二層の棚があるというスバラシイ本棚である。そして第二層には、スバラシイコレクションがずらりと並んでいる。
「ふふん、本棚が二重構造になってることぐらい知ってるもんね」
「なぜだ……最重要機密だったはずだ」
「だってその本棚、あたしも同じやつアメリカで使ってるから。お父さんが去年空輸で送ってきたんだよ」
「なん、だと……」

 姉は驚愕の事実にのけぞる僕をよそに、得意げに口角を吊り上げ掌を差し出した。何かをちょーだいといわんばかりの態度である。
「あたしさー、ちょっと今お金に困ってるんだよねー」
「おっ、弟の金に頼るなんて……恥ずかしくねえのかよ!」
「ほっほーう、アンタは妹モノが好きなのかぁ。姉がいるというのになんと姉不幸な弟なのかしら」
「ダアアアアアアアアアアアァァ!!」
 開くな! 読むな!
 僕はその場でもんどり打って床をゴロゴロ転がった。
 顔面が赤熱するかのように恥ずかしい思いをさせられた末、僕はなけなしの小遣いを姉に強奪された。
「せんきゅーせんきゅー。この借りはそのうち返すぜ弟よ」
「へいへい……」
 返す気もねえだろうに。ていうか英語の発音悪すぎ。こんなんでアメリカで生活できるなら、誰だってすぐにアメリカ人になれそうだぜ。
 力なく肩を落とす僕など気にもとめずに、姉はババッとカーテンを開けた。
 朝日が燦燦と僕の部屋に降り注ぐ。
「爽やかな朝だねー。今日も元気いっぱいだ!」
 姉が伸びをしてハツラツとした表情を浮かべている。ヤツの手には僕から強奪した万札三枚がひらひらと踊っている。
 朝日のまぶしさに僕は顔をしかめた。
 まぶしいはずなのに、阿呆姉が視界に入るだけでどす黒い光に見えてしまうのは、僕の気のせいではあるまい。

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