職場の後輩と気詰まりのする昼食を取っていたら……。短編小説『殺虫鬼』

sacchuuki

 完全に向こうのペースに呑まれている。そう感じながらも、僕はどうすることもできなかった。元来、僕は事なかれ主義なわけで、事態を打開しようだとか世界を救おうだとか、そういった能動的な行動に打って出ないことにしている。
 なぜなら疲れるからだ。
 けれど、そのせいで今回、より疲れる展開になってしまったことは、教訓となった。うん。
 さて。
 職場の新人を連れ出し昼食を食べにとある店に来たわけだが、彼の所作がどうにもしっかりしすぎているきらいがあって僕は戸惑っている。まるで宮廷の人間なのではなかろうかというほどに不自然にしっかりと、それでいて固い口調。
 食事の所作も丁寧。僕たちは座敷に通されているのだけれど、彼が正座だったので僕が「楽にしていいよ」と言ったのだが彼は首を傾げていた。
 あ、あぐらを知らないだと?
 

 

 食事自体は取り立て変わったところのない定食である。
 僕はあぐらをかいてムシャムシャと食べている。
 しかし本当にどうしたものか。この気詰まりのする空気は。新人は何も思っていないのかもしれないが、僕にとってはまるで休めている気がしない。
 まあ仕事の昼休みに職場の人間と取る食事なんてそんなものかと割り切ってしまえばいいのかもしれないけれど。
 やはり新人と食事をするなんてことが間違いだったんだ。
 そもそも僕はいつも独りで食事を取っているのだが、今日は上司が「新人を昼飯に連れて行ってやれ」と命令され致し方なくこういう事態に陥っている。僕があまりにも新人に無関心だからそういう命令が下ったのだろう。無関心なんじゃないのに。新人の存在を忘れていただけなのに。もっと酷いか。
 新人はというと、とても落ちついた様子で、とても礼儀正しい作法で食事を取っている。箸の持ち方からしてどうにも気品が溢れている。
「先輩は、どこのお生まれなのでございますか」
 何やら新人が質問してきた。お生まれ、ね。
「僕はお東京のお生まれさ」
 僕は答えた。半ばヤケクソだったのは語るまでもない。
 ……早く昼休み終わらないかな。
 
 

 事態が急転したのは僕達が定食を食べ終わろうとしていたときのことだ。
 新人くんが突如発狂したのだ。
「ちょあああああああああぁぁぁぁぁ!!」
 彼は正座のまま飛び上がるという器用で気持ち悪い動作の後、バッと立ち上がった状態で着地、それから近くにあった僕の鞄を持ち上げて、何を思ったのか畳に叩きつける。
「くたばれええええええええぇぇぇぇ!!」
 僕が唖然としていたのは言うまでもない。いったい何がどうしたんだ。何かと戦っているのか。
 答はハエだった。
 彼が鞄を持ち上げると、大きなハエが無残な姿で息絶えていた。
 
 

 彼はゼェゼェと肩で息をしている。それから「ハッ」と我に返って恐る恐る僕のほうを見やった。
 いや、恐いのは僕のほうなんだけど。
「あ、あの、ハエが出ましてですね……」
 聞けば彼は虫が大の苦手で、虫の姿を見かけると殺さずにはいられないという。
 とんだ殺人鬼ならぬ殺虫鬼である。
「そうなんだ。あはは」
 とりあえず笑っておいたが、たぶん僕の笑い声は乾いていただろう。
 今度、上司の頭にカブトムシでも置いといてやろう。
 

※あとがき
『かたい昼食』というお題を元にして書いた即興小説を、加筆修正した作品です。
ちなみに僕は虫は平気です。視界にいればブッ叩けるという意味で平気。

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