彼女が浮気をするだなんて…。短編小説『マッドノベリスト』

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 カナが浮気をしていることを知ったのは、ほんの些細なことがきっかけだった。
 彼女の部屋に遊びに行ったとき、僕のでも、カナのでもないスマホが床に落ちていたのだ。
 それに僕が気付いたのは、カナがシャワーを浴びているときで、部屋には僕しかいなかった。
 拾い上げてみると、途端に着信が……。
 迷ったけど僕は電話に出た。
 出てしまった。
 相手は知らない男で、僕のことを『お前誰だよっ』と詰問してきた。
 それは、僕のセリフなんだけど……。
 

 

「キスだよキスっ。キスまでしかしてないよ! それ以上のことは本当に何もないのっ!」
「それを浮気って言うんじゃないのかな」
「言わないよ。キスぐらい」
「じゃあ僕とのキスも、付き合っているうちに入らないのかな」
「それ、は……」
「どうなの」
「……そんなこと、ないよ」
「じゃあ僕じゃない別の誰かとのキスだって……」
「でも……!」
 そんなやり取りの末、僕はカナと別れた。
 別れた今でも信じられない。
 カナとは大学入学してすぐに知り合ってもう二年以上経つんだけど、小説を書くのが好きな大人しい女の子だとばかり思っていた。
 キスまでしか云々なんていう女子じゃないと思って、た、の……に。
 視界がぐにゃりと曲がってから、頬に冷たい何かが伝って落ちた。

       *

「姉ちゃんさぁ……俺のパネェ罪悪感どうしてくれんだよ」
「知らないわよ」
「あーあ、彼氏さん可哀想だなぁ」
「だから知らないってば」
「でもさぁ、たかが小説書くのにあそこまでやるかよ普通」
「たかが?」
「い、いや、わりぃ。今のは俺の言い方が悪かったよ。でもほかに何かやりようはなかったのかよ。ほら、恋愛映画見るとか少女マンガ読むとかさぁ」
「創作物に触れることぐらいはもうとっくにやったわよ。それだけじゃ分からなかったから実際に体験してみる必要があったの」
「そこまでして……」
「そこまでする必要があるの。わたしは、小説を書いてるんだから」
 弟がねちねちと文句を言っているのを聞き流し、わたしはというと涙を流していた。
 わたしに、泣く権利などないのに。
 
 

 ケイタはわたしが浮気をしたと思っているけれど、それは全て嘘。
 部屋に落ちてたスマホは弟のだし、ケイタが電話に出たときに話した相手も弟。
 わたしが弟に頼んで、そうするように言ったの。
 そうしてわたしは浮気した彼女となり、ケイタに振られるために最低のことを言って、結果は思い通りに振られることに成功した。
 別に、いいの。
 これは取材だから。
 わたしは小説を書いているのだけれど、今書いている小説で浮気と失恋を描くことになったのに、全く書けない自分にずっと苛々していた。
 浮気をする人の気持ちが知りたい。
 失恋する人の気持ちが知りたい。
 映画や少女マンガではよく分からなかった。
 だから自分を、ううん、ケイタを犠牲にして実体験することにした。
 
 

 弟からの電話を切り、わたしは小説の執筆を再開した。
 ……書ける。
 書けるわ!
 ずっと停滞してたのに、嘘みたいにスラスラと文字が物語に流れていき、展開していく。
「アハハハ、ハハ……ッ」
 手の甲に冷たい雫が跳ねた。
 ……構うものか。
 わたしは小説を書いてるの。
 小説のためなら、自分も、そして他人の心を壊すことだって厭わないわ。
 

※あとがき
『ひねくれた喪失』というお題を元にして書いた即興小説を、加筆修正した作品です。
小説を書く前段階で参考資料を漁ったり、実際に現場に赴いて取材するのは楽しいです。僕は好きですね。
どこまで取材をして小説を書くかでいつも悩むんですけどね。
もちろん行き過ぎた取材はいけません。
 

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