突然いなくなった彼女は何処へ。短編小説『限りなくゼロ距離に近い彼女』

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 彼女がいなくなった。
 おかしいな。ついさっきまでいたはずなのに……。
 僕はずっと机に向かって小説を書いていた。新人賞の締め切りが近くて彼女の相手をしているどころではなかったのである。
 彼女もそこのところは承知していたようで、僕の後ろにあるベッドに腰掛けてマンガを読んだり携帯ゲーム機に興じていた、はずなんだけど。
 いない。
 執筆に夢中になっている僕に愛想を尽かして帰ってしまったのだろうか。有り得るな。
 いや、以前にも同じことがあったんだ。
 それに徹夜でゲームをしていたから眠いとか言っていたし、さっさと帰って家で寝ているのかも。
 あるいは友達から遊びの誘いのメールでも着てそっちに行ってしまった可能性も考えられる。
 彼女は僕と違って高校の至るところに友達がいる。それはもう学年を超えて。
 そんな人気者がなんだって僕なんかと付き合っているのかは未だに謎である。
 閑話休題。
 僕は彼女について考えることをやめた。
 ずっと執筆していて疲れた。魂が身体から三センチぐらいズレているような感覚に支配されている。
 彼女にはあとで謝っておこう。

       *

 事態が急変したのは僕が執筆に疲れてベッドに飛び込んでから三時間ほどが経ったあたりだ。
 我が家に一本の電話がかかっていた。
 僕はその音で目を覚ました。階下ではがなり立てるように固定電話が鳴っている。
 母親が出たらしく音は鳴り止んだ。
 僕は再び惰眠をむさぼろうとした。
 だが階下から母親が「電話よー」と呼んできた。
 固定電話でかけてくる相手など僕にいただろうか。
 ただならぬ気配を感じ、僕は急いで起き上がって固定電話のところへ急ぐ。
 母と電話を変わってみると、相手は彼女の母親だった。
「突然のお電話申し訳ございません」
「い、いえ」
 僕はぎこちなく応える。
 そういえば彼女は両親に僕と付き合っていることを伝えていると以前言っていた。
 僕も彼女に倣って両親に伝えてはあるが「なんであんな可愛い子がアンタなんかと……将来を棒に振ったようなものね」などと鼻で笑われている。失敬な。
 おそらく電話番号も伝えていたのだろう。しかし固定電話のほうを教えていたとは予想外だった。
「あの、娘がまだ帰ってきていないんですが、そちらにお邪魔していませんでしょうか?」
「え、もう帰りましたけど」
「そうですかぁ。どこ行ったのかしら、あの子」
 彼女の母親は困った声音で礼を言って電話を切った。
 携帯で時間を見ると、夜の八時を過ぎていた。高校生的にはまだ大丈夫な範囲ではあるが……。
 耳に残る困惑の声に、僕は不穏なものを感じないわけにはいかなかった。

       *

 彼女が行きそうなところを絨毯爆撃的に訪ねてみるも、彼女は見つからなかった。
 彼女の携帯にかけてみても繋がらない。
 では彼女の友人たちに当たればいいだろうと思われるだろうけれど、彼女の交友範囲は学校規模であり僕のように教室の片隅で済んでしまうようなミクロな人間関係とはわけが違う。
 何が言いたいのかというと、僕は友達がろくにいないから誰とも連絡が取りようにないのだ。悲しすぎて涙なしでは語れないよ。

       *

 何の成果も挙げられず家に帰ってきた。
 時刻は夜の九時半を過ぎた。
 僕はどうすればいいのやらとネタ切れを起こした作家みたいに部屋を歩き回る。
 こんなことになるなんて……。
 執筆に夢中になっていた僕の責任だ……。
 ベッドにどしんと倒れる。
 ……寝ている場合じゃない。
 ひとまず彼女の母に電話をしてみよう。もう帰っているかもしれないし。
 などと希望的観測を抱いてベッドから立ち上がろうとしたそのとき、
「えっほえっほ」
 彼女がベッドの下から這い出てきた。なぜか僕秘蔵のえっちぃ本を手にして。
「ぎゃああああああああああああああああ!!」
 僕は思わず絶叫して尻餅をついてしまった。
「なあに? 騒々しいなぁもう」
 彼女はウーンとか言いながら伸びをしている。ウーンじゃない。
「今までどこ行ってたんだよ! 行方不明になったんじゃないかって心配してたんたぞ!」
「どこって、ちょっとベッドの下にいただけだよ」
 ちょっと昼寝しちゃったよ、とでもいわんばかりに暢気な彼女だった。
「ベッドの下……だと」
 愕然とする僕。
 たしかにベッドの下は探していなかったが、盲点だとかいう以前の問題だ。
 そんな場所に人間が潜んでいるなんて普通は考えない。
「うん、あんたが小説書いてて退屈だったから、えっちぃ本でも探そうと思って部屋の中を漁ってたの。で、ベッドの下にもぐってみたらビンゴ! でもそこで力尽きちゃって寝ちゃったんだよねー。昨日徹夜でゲームなんかするんじゃなかったよー」
 のほほんとした調子で彼女は言った。
 今度またこういうことがあったら、真っ先にベッドの下をチェックしようと僕は心密かに誓った。

 

※あとがき
『空前絶後の失踪』というお題で書いた即興小説をちょっとだけ加筆修正した作品です。
空前絶後かと言われると、首をひねらずにはいられないけど(苦笑)
しかし30分という時間制限の中ではこれぐらいが限界でしたな。

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