極彩色の外の世界に僕は……。短編小説『外の罠』

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 僕と青春は切り離されている。それはもう堅牢な牢獄と外の世界のように。
 僕は殺し屋の養成機関で教育を受けているからだ。
 両親が僕を捨てて、拾われたのがこの養成機関である。よって僕の意思は塵ほども介在していない。選択肢はおろか選択する権利すら与えられていなかった。
 気がついたときには銃やナイフの扱い方を学び、人間の効率の良い絶命のさせ方を熟知していた。
 それが僕にとっての世界そのものであり、そのことに何の疑問も抱かなかった。選択肢や権利について考えたことなどももちろんなかった。
 そもそも青春と言う単語も知ってはいるが、それがいかなる意味なのかは判然としなかった。
 僕はただ農家が麦を刈り取るように、効率的に人の命を刈り取ることだけを考えていればよかったのだ。

 
 ある日のこと。
 実地研修の名の下に、僕はターゲットを言い渡されて外に出された。
 外。
 それはつまり、養成機関の外である。ここは高い塀に囲われているため、僕はその外側の世界を映像や写真でしか見たことがなかった。
 けれどいつまでも訓練ばかりしてもいられない。いずれは仕事をこなすべく外の世界へ出なくてはいけない。
 そのために今回の実地研修が設けられているそうだ。
 内容はシンプルだ。ターゲットを殺して帰ってくればいいのである。
 教官からは「このまま逃げれば君は機関によって消される」と忠告を受けた。
 もちろん帰ってくるつもりだ。
 ほかに行くところなど、僕にはない。

 
 街に出たとたん、僕は眩暈に襲われる。極彩色の景色が目に飛び込んできた。
 なんだ、これは……。
 あまりの人の多さに目が回りそうだった。
 僕と同じ年齢と思しき連中が楽しげに歩いている。
 大人たちは一様に無味乾燥か疲れたような表情を浮かべている。機関にいる精密機械のような顔をした男たちは皆無だ。警察官ですらどこか諦観にも似た顔つきである。
 高いビルの群が僕を見下ろし、カラフルな店の数々が灰色の僕を誘っている。その店でいったい何が売られているのか僕には見当もつかなかった。
 映像や写真で見るのとはわけが違う。
 心の中で何かが動くのを僕は感じないわけにはいかなかった。
 うずうずと、何かが這い回っている。
 これは、好奇心だ。
 世界は僕が知っている以上に広かったんだ。
 ……否、これまであえて世界の広さを伏せられていたんだ。殺し屋を育成するために。
 僕の心が動く。
 このまま逃げてしまおうか、と。
 これだけの人間がいるんだ。紛れてしまえばわかりっこない。

 
 そして僕は逃げ出した。日頃鍛えているので足には自信があった。身を隠す術も心得ている。
 自由を、そして青春を手にしたんだと、僕は歓喜した。
 歓喜、初めての気持ちだった。
 だが次の瞬間、乾いた破裂音が鳴り響いた。
 おかしい。なぜか体の力が入らない。
 ふと腹に手をやると、風穴が空いていた。
 どくどくと紅い血が流れ出し、アスファルトの地面を血だまりにする。
 そこかしこで悲鳴があがり、人々が逃げ惑う。
 悲鳴、怒号、阿鼻叫喚。
 薄らいでいく意識の中で、僕はこの実地研修の真の目的に気がついた。
 これは、養成した殺し屋見習いたちが逃げ出さないかどうかのテストだったんだ。
 そして、僕は試験に落ちたというわけだ。
 なるほ……ど。
 大地に倒れ伏した僕の視界は、音も無い闇の世界へと飲み込まれたのだった。
 

あとがき

『僕と青春』というお題で書いた即興小説を加筆修正した作品です。

学生たちがキャッキャ言ってる青春モノを書くのはどうにも抵抗があったので、こんなふうな暗い話にしたっていうねw

でも暗い終わり方の小説は嫌いじゃないです。

東野圭吾さんの『殺人の門』はとりわけ暗いけど好きな作品ですね。

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