ペットのためなら会社なんて。短編小説『君より優先すべきことなどない』

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「ちょっと風邪気味なんで、今日は休ませていただきます」
 僕がそう言うと、電話の向こうでは「またかねっ」とかなんとか上司が喚いていたが、気にせず通話を断ち切った。
 またかね、などと文句を口にされても困る。実際のところ「また」風邪を引いてしまったのだから仕方がない。理解のない上司を持つと苦労する。
 念のために携帯の電源を切っておいてから、僕は庭に出た。
 アレックスは小屋の中で大人しくスヤスヤと眠っているが、よく見ると小刻みに震えている。心なしか毛並みも乱れているような気がする。早く病院へ連れて行かないと。
 そう、風邪を引いたのは飼い犬のアレックスだ。
 僕ではない。
  

 おそらくなんだけど、もし会社を休むときに「ペットが風邪を引いたんで」などと言おうものなら、上司から理解に苦しむ叱責を受けること請け合いだろう。
 なにも僕の上司が偏狭な性格だからという理由だけでなく、どの会社の上司も概ねこんな具合ではないだろうか。
 やれやれだ。
 ペットは家族そのもの。
 家族の体調が優れなければ看病をする。当たり前の話じゃないか。
 けれどその当たり前を述べたところで上司の怒りに火をつけるか良くても鼻で笑われるかのいずれかだ。
 ならば虚言で休んでしまったほうが双方気分がよくていいだろう。たぶん。 
 

 病院へアレックスを連れて行くと、案の定風邪と診断された。
 注射を一本打ってもらい、僕はアレックスを車に乗せて帰宅した。普段はアレックスを庭にいさせているのだが、今日は家に入れようかと思案する。
 僕としては風邪であろうとなかろうとアレックスを常に手元に置いておきたいのだが、アレックスは家の中だと不機嫌になってやたらと吠えたててしまう。アレックスはゴールデンレトリバーなので、外に出しておいても問題はない。とはいえ、心配だ。
 庭に放すと途端に大人しくなるのだが。
 僕は迷った末、結局いつものように庭に放すことにした。
 大丈夫、僕が守っていればいいんだから。
  

 アレックスを庭に放して五時間ほどが経った。
 僕は買い置きしておいた菓子パンをかじりながら、窓の外に映る庭をずっと眺めていた。アレックスは小屋の中でゆりかごの中の赤ん坊のように熟睡している。
 日がな一日、こうしてアレックスといられるだけで僕は満足だ。
 ――と、野球ボールが庭に落下した。
 それは幾度かのバウンドの末、アレックスの小屋にぶつかった。アレックスは何事かとビクリと身を震わせていた。
 僕は食べていた菓子パンを放り捨てて、窓を開け放って素足のままアレックスのところへ向かう
「アレックスっ!」
 アレックスを抱きかかえる。
 彼はハッハッハと舌を出して荒い息を吐き出しているが、命に別状はないようだ。
 だが、僕はボールの主を許すつもりはない。
 程なくして、ボールの主は「すいませーん」と間延びした声を響かせてやって来た。
 背の高さや声変わりの具合から中学生ほどだと僕は判断した。
「これは君のボールかい?」
 僕がボールを示すと、彼は頬をゆるませた。
「はいっ、そうです!」
「ほら」
 僕は彼にボールを手渡す。
「ありがとうございますっ」
 ペコリとお辞儀すると、彼は踵を返して走り出そうとする。
 逃がすか。
 僕はジーンズのポケットに隠しておいたチェーンを取り出し、後ろから彼の首に巻き付けた。
 力を入れてそのまま締め付ける。
 彼が片づくのに三十秒ほど時間がかかった。
 

 庭を掘って彼だったモノを処理する。
 何度か庭を掘り返す羽目になってしまった。というのも、こんな具合に侵入者を処理するのはこれが初めてではない。
 近くに児童公園があるせいで、さっきの彼のようにボールがしょっちゅう投げ込まれ、そのたびにアレックスが危険に晒される。
 そろそろ庭以外の処理施設を考えないといけないな。
 

 翌日、アレックスが小屋の中で死んでいた。
 僕が朝起きて彼の様子を見に行ってみると、息をしていなかった。一見すると熟睡しているようにも見えるけれど、それは明らかにアレックスだったモノであって、アレックスではなかった。
 昨日の彼同様に、彼もまた処理されるモノになってしまった。
 風邪をこじらせてしまったのか。はたまた老衰だろうか。
 すでに十四歳に達していたから、風邪を引き金にした可能性は考えられる。
 だがどんな可能性を模索したところで、目の前で無言のモノと化したアレックスが息を吹き返す可能性はない。
 どれぐらいそうしていただろうか。
 僕はアレックスだったモノを前に片膝をついて、じっとしたまま何かが起きるのを待っていた。
 日差しが照って、僕とアレックスだったモノを照らしている。
 ふと、僕は悟った。
 この小屋にはアレックスがいなければらない。
 けれどアレックスはもういない。
 ならば、僕がアレックスになればいい、と。
 僕はアレックスだったモノを引きずり出し、自分の身を小屋の中に押し込んだ。
 ゴールデンレトリバーだけあって、アレックスの小屋は大きく作ってはあったが、それでも人間の体を格納するのにはいささか狭さを感じた。
 だが、そのおかげでアレックスの匂いが充満していた。
 僕は全身でその匂いを吸収し、呼吸し、アレックスになることにした。
 試しに「わんっ」と吠えてみた。
 誰か、アレックスに餌を与えてくれないかな。
 

あとがき

この作品は『優先すべきは全部君』『細い鎖を手に』『望むなら犬にでもなる』という三つのお題を元に書いた短編です。
今回は即興小説ではなく『小説用お題ったー。』を利用しました。
たまには違うところでお題をもらおうと思って試したんですが、即興小説ではまず出なさそうなお題でしたね。新鮮でした。
ただ書きあがったのが奇妙奇天烈な上に気持ちの悪いものになってしまったのがなんとも(苦笑)
 

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