突然のスタンガン攻撃で俺は救われた?短編小説『救いの雷撃』

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 突然、腕の内側に飛び込んだ私に、彼は戸惑ったようだった。
 無理もない。私と彼の接点を知っているのは私だけで、彼はなにも知らないのだから。
「え、えっ……」
 彼はおどおどとした目を私に向け、何事かを口にしようとしているが、それらは言葉にならずに虚空に霧散した。
 私の知っている彼とは随分と違っていた。けれど、それもまあ無理もない話なのかもしれない。
 時とともに人は変わる。
 それはもちろん外見もだ。
 私の眼前にいる彼はまだ若かった。髪の毛も大草原かのように風になびいて躍動し、肌の具合も殻を剥いたばかりのゆで卵みたいにきれいだった。
 年の頃はわたしと同じ二十歳のはずだ。信じられない。
「ごめんなさい」
 私はそう短く言ってから、コートの懐に忍ばせていたスタンガンを彼のわき腹に押しつけた。
 スタンガンのスイッチを押す直前、私と彼の目が合った。
 彼の目は大きく見開かれていた。
 それはスタンガンを見てというより、私を見てというほうがしっくりくる驚き方だった。
 けれど、私はともかく、今の彼に私を知る由はないはずだ。
 一瞬の電気ショックの後、彼は意識をブラックアウトさせた。

       *

 気がつくと、俺の視界はモグラの穴蔵みたいに真っ暗だった。
 おかしいな、目は開けたはずなんだけど。
 まさか失明したんじゃ……と絶望しかけたが、目の周辺に当たる感触から、自分がアイマスクか何かを付けられていることがわかった。
 次に腕を動かそうとするが、微動だにしなかった。手首のあたりに締め付けられている感覚がある。縛られているようだ。
 脚の自由も同様に奪われていた。
 椅子に座っているみたいだな、俺は。
 ちくしょう、なんだってこんなわけのわからないことになっているんだ。
 俺はただ映画館に映画を見に行こうとしてただけだってのに。
 ……待て、とりあえず落ち着け。
 深呼吸をし、俺は耳を澄ませる。
 聴覚に伝わってくる情報だけを頼りに、俺は周囲の状況の解明を試みる。
 車の排気音が遠くから聞こえてきた。そのくぐもったような音の伝わり具合から、どこか室内にいると見当をつける。
 人の声はない。ほかに特徴的な物音も響いてこない。

 フゥ

 いや、聞こえた。
 人の息づかいだ。
 それも俺の正面、ほど近いところから。
「……誰かいるんだろ。俺は今どこにいる」
 なんとも奇妙な質問だなと我ながら思った。
 返事はなかった。
「なぁ。何が目的かは知らないけど、とりあえずアイマスクだけでもいいから取ってくれないか。視界が奪われるっていうのはアンタが思っている以上にキツいもんだぜ。それに同じ空間にどんな人がいるか気になるし」
 と、言ったところで、俺は自分の腕に突然絡みついてきた女を思い出した。
 そう、あの女が最後の記憶だった。
 あいつが俺をこんなことに?
 けれどあんな女を俺は知らない。
 知らないけど、彼女の顔はしっかりと思い出せた。自分でもよくわからないが、まるで旧知の仲のようにしっくりと脳味噌にインプットされている。
 いや、生まれる以前から記憶していたかのような宿命的な何かだ。彼女の顔にはそういったどうしようもなく避け難いものを放っていた。
 けれど、なぜ?
「よかった、これであなたを死なせずに済む」
 女の声が聞こえた。
 知らない声だった。
 腕に絡みついてきた女だろうか。声だけだと何も感じられなかった。
「死なせず?」
 彼女は何を言っているんだ。
 どう前向きに考えても、俺を監禁してこれから殺そうとしているのではないのか。そう考えた方が状況に合っているじゃないか。
「アンタは何を言ってんだ」
「アンタって言われるの嫌いなのに、自分はアンタって言うんだね」
「なっ……」
 なんでそんなこと知ってるんだこの女は。
 彼女の言うとおり、俺は『アンタ』と呼ばれるのが好きじゃなかった。呼ばれたらあからさまに不機嫌な顔になるし、彼女からそう呼ばれたら普通に怒る。
「心配しないで。あと一時間もしたら助けが来るよ。それまではここで大人しくしていて」
「ふざけんな、こんなSM状態で大人しくできるか」
「そういう予定なの。あなただって命は惜しいでしょ」
「惜しいから解放しろってんだよ」
 俺がそう怒鳴ると、ため息を吐き出す空虚な音が正面から聞こえた。
「自分の全部を奪われて、跡形も残らないようにされるのは嫌でしょ」
「……お、脅してるのか」
「違うわ。もしここにいなかったら、そうなってたかもしれないよって話」
「意味不明なんだけど」
「そのうちわかるわ」
 少しの間があった。
 腕時計を見たか携帯でも見たか、そんな短い間だ。
 カサコソと音がした。バッグを肩にかけたりしたような具合に聞こえた。
「じゃあ、またね」
「ちょっ、おい!」
 俺の叫びなど気にせず、女の足音は遠のいていった。
 またなんてあってたまるか。
 

 女の予想だか予測だか予言だかは不明だが、本当に一時間後に俺は救出された。
 アイマスクをむしり取られいきなり警察官が何人もいたから度肝を抜かれたが。
 訊けば警察のほうに「近所から助けて!」と叫んでいる部屋があると通報があったそうだ。通報者は不明だ。そして俺は叫んでなどいない。
 俺が閉じこめられていたのは、俺の家からほど近い空き家だった。鍵が壊されていたらしい。
 警察から事情を訊かれたので、俺はあったことをそのまま伝えたが、犯人が捕まることはないだろうと根拠のない確信があった。
 あの女の声には自分は絶対に捕まらないという自信というのとは違う、すでに展開のわかっている物語を読んでいるかのような既知を感じさせた。全てが彼女の知っている物語通りに進んでいるような。
 それを裏付けるほどの説得力があるかは微妙だけど、俺が行こうとしてた映画館が原因不明の爆発で大火事になっていたことを、俺は後に知った。
 死者、行方不明者を多くだしたその火事は、しばらくの間マスコミをゴキブリホイホイのように引き寄せて放さなかった。
 彼女はたしかこう言っていた。
『自分の全部を奪われて、跡形も残らないようにされるのは嫌でしょ』
 と。
 自分が俺を拉致していなければ、俺という人間が消滅していたかのような言い方だった。
 ……まさかな。
 恐い思いをしたけど、俺はまた元の生活に戻っている。
 彼女との交際も順調だし、大学の単位数も問題ない。
 そうそう、あの女を見てどうしてびっくりしたのかがわかった。
 あの女、若い頃の母ちゃんとそっくりだったんだ。
 前にアルバム見せてもらったときに「はーん、時の流れは残酷だなー」と感想を述べて母に引っぱたかれたのを記憶している。
 その若かりし日の母と、俺を拉致した女の顔はとても似通っていた。まるまる同じというわけではないけど。
 隔世遺伝でもしたらそうなるんじゃね? ぐらいには似てたかな。
 

※あとがき
『腕の内側に飛び込んだ』『君はどこにいるのですか』『全部奪って、跡形も残らないように』の三つのお題を元に書いた短編小説です。
今回も『小説用お題ったー。』を利用しました。
即興小説だといつも大体1500文字前後で納まるんですが、時間制限がないと2500~3000文字くらい書いてしまうんだなー、というのが今回の発見。
これでもちょっと削ったんですよ。
 

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